子育てが大変で子どもを産んで後悔しているお母さんへ

子育てが思っていたより大変で、産まなければよかったと後悔したことありませんか?やりたいことを我慢して、毎日必至で子育てしているのに、子供は言う事を聞かずふざけてばかり。もう子供なんかいらないと思ったことはありませんか?私も辛かった時期がありましたが、今は思い出となりました。なぜあんなに辛かったのか、考えてみました。

理想の子育て

みなさん理想の子育てって持っていますか?私には理想の子育てがありました。もともと本を読むのが好きだったこともあり、妊娠中からたくさんの育児本を読みました。母乳育児、子どもの発達について、叱らない子育て論、賢い子にする子育て法、食育について、モンテッソーリ教育、シュタイナー教育などなど。あげると切りがありませんが、とにかくたくさんの本を読み、私はこんな育児がしたい!と頭の中では理想的な子育て論が完成していました。そして「いつも笑顔で子どもと楽しく幸せなバラ色生活」を想像していました。

私の理想の子育ては、子どもの心に寄り添って、いつも優しいお母さんでいることでした。子どもには、子どもの時にしかできない体験をたくさんさせようと、テレビは必要ないと判断し、外遊びでできるだけ自然と触れ合えるよう、毎日公園に行くことにしました。食事も栄養はもちろん、薄味でなるべく安全な食品を選ぼうと決めていました。自分で考えられる子に育ってほしいので、過保護にならないように、指示や禁止の言葉はなるべく使わない、いつも見守るお母さんを目指していました。子どものおもちゃは刺激が少ないもの、そしてなるべく天然の素材でできたものを選んでいました。絵本もたくさん用意しました。

本から得る知識は私にとって魅力的で、理想とする子育て論は比較的簡単に出来上がりました。賢い子に育てたい、将来自立したしっかりした大人になってほしいと思い、私の子育て次第で、子どもの将来が決まってくると意気込んでいました。

後悔ばかりの現実

長男が2歳までは子育てが大変で後悔する日が来るなんて夢にも思わず、子育てがうまくいっていました。両親は遠かったのですが、たくさんの友人や私を手伝ってくれる人がいました。私はいつも心に余裕があり、実際にいつも笑顔で心から子育てを楽しむことができていました。長男の性格も穏やかで、首が座る、歩き出すなどの体の成長や言葉の成長も比較的早かったため、成長で悩むこともありませんでした。私の子育てはうまくいっていると思っていました。

しかし、夫の転勤に伴い引越しし、次男が産まれた途端、私にとって子育てが大変で苦しいものになりました。まず、狭いアパートで知り合いが一人もいないという環境へ変わりました。両親は遠方、友人も一人もいないという事は私にとって、とても辛いことでした。

そして、何よりも辛かったのは、それまではとても可愛くて目に入れても痛くない存在の長男を、可愛いと思えなくなったことでした。「赤ちゃん返り」と言う言葉は勉強していて、常に上の子優先で動き、上の子に笑顔を向けるよう努力しました。でも実際に心が付いていきませんでした。長男をかわいいと思えない理由はわかりませんでした。単純に赤ちゃんの次男と比べて大きいからなのか、赤ちゃん返りがひどかったからなのか。ただ可愛いと思えないために、母親になったことを後悔し、大変苦しい日々が続きました。

私の中で、長男が可愛く思えないという事は予想外の事でした。それまで勉強してきた子育て論に、そんな感情が産まれるなんで書いてありませんでしたし、子どものことを思っている親と言うのが大前提でした。可愛いと思えばこそ自然に笑顔も会話も生まれるのですが、可愛くないと、そこすら努力しなくてはいけません。赤ちゃん返りでまとわりつく長男を作り笑顔で抱っこし、泣いてもすぐには抱っこしてあげられない可愛い、そしてかわいそうな次男。日々、大変なストレスを感じていました。

そしてある日、ついに私は長男に手をあげることになってしましました。きっかけは些細な事でした。食事中なのに何度言っても遊びながら食べていた、そんなことでしたが、当時の私は我慢できず、長男のお尻をベシッと叩きました。長男は初めてのことでビックリしたのか、まさに目が点状態。しばらく固まっていました。

そこから私は長男を怒るときに時々手をあげるようになってしまいました。最初の方の理由はほとんど次男に関することでした。「どうして弟に意地悪するの!」「どうして弟を叩くの!」と怒鳴りながら私の手がでていました。それが次第にもっと小さなことでも私は叩くようになっていきました。そして初めて叩かれた後、目が点だった長男は、いつしか私が怒ると身構えるようにまでなってしましました。

私はそもそも体罰は絶対反対、子育てに暴力はいらないと考えています。それは今でも変わりません。まさか自分がこどもを叩く日が来るとは夢にも思っていませんでした。いつもカッとなり叩いてしまった後は反省し、すぐに「ごめんね、お母さん叩いちゃったね、ごめんね」と謝り、抱きしめ、もう二度と叩かないと猛省するのですが、いざ長男が次男を泣かせる場面になるとなかなか冷静な対応が取れず、後悔ばかりしていました。カッとなって叩き、反省し優しくする。まさにDV男の構図と同じです。

可愛いと思われず私に怒りをぶつけられてばかりの長男に、泣いてもすぐに抱っこしてもらえない次男。子どもは親を選べません。2人ともかわいそうでかわいそうで、私は子育てには向いていない、子どもなんて産まなければ良かったと後悔していました。

自分を見つめることの大変さ

子育てをしていく中で、多くの母親が過去を振り返り見直すことがあります。それは自分がどうやって育てられてきたかと言う自分と親の関係です。ほどんどの母親は自分がされてきたことと同じような対応を子どもにしていることが多いです。それは意識することもあるし、無意識のこともあります。良いことも悪いことも、子育ては世代間連鎖しやすいものです。

私はどちらかと言うと厳しい母親に育てられました。過干渉な面もあり、親がこうだという事に逆らえず、私はずっと従ってきた「いい子」でした。私は無意識に自分の子育てにも自分の理想を高く掲げ、子どもをコントロールしようとしていたのではないかと思います。でも、これに気が付くまでには長い時間がかかりました。

私はできる範囲以上の理想をあげ、できない「いい子でない私」にストレスを感じていたと思います。そして、コントロールできない息子を「私のいう事を聞かない悪い息子」と無意識のうちに認識し、イライラを息子へぶつけていました。息子を叩く自分を見つめなおす事はとても大変な作業でした。自分の置かれている状況がワンオペ育児、友人がいないという孤立した状況もあったので、そういったストレスもかなりあったと思います。でも、それは親である私の都合で、子どもを叩いていい理由にはなりません。

なぜ、息子を叩いてしまうのか。最初は自分の怒りのコントロールができていないことに気づき、未熟さを痛感しました。そして、自分の感情のコントロールをするための技を色々調べましたが、なかなか実行できませんでした。頭ではわかっているつもりでも、いざその場面になると体が先に動いてしまうのです。コントロールしたいのにできない、そんな自分に嫌気がさし、自分の育児に本当にがっかりしていました。

でも、これではいけないと何度も何度も思い直し、発見したことがあります。小手先の気持ちを抑える技術ではだめだと気が付いたのです。そもそもなぜこんなに息子に怒れてしまうのか、根本的な考え方に問題があるのではという事にやっと思いが至りました。息子をコントロールし、自分の思うように動かそうとしていたこと自体が間違えだったのではと、初めて自分の考え方を見直すことができました。

そして、私は完璧主義な傾向があることにも初めて気が付きました。物事をこうでなければいけないと決めたらそれに従おうと必死になる傾向にあります。思うようにいかないと強いストレスを感じます。長男のことも、可愛く思えない自分が本当に嫌いで攻めていました。

出来ていることに目を向ける大変さ

私はいわゆる「自己肯定感」が低い人間です。そのため人と比べたり、自分はダメだと思いがちです。そうすると理想の子育てからかけ離れた子育てをしている私は、さらに自己嫌悪に陥って後悔ばかりしていました。

でも、自分の子育てを冷静に見直してみると、私でも頑張っていることがいくつかありました。例えば、毎日お散歩や近くの公園などに連れ出し外遊びをしている。テレビは一日15分ほどしか見せていない。食事も冷凍食品やお弁当はほとんど使わない。早寝早起きに努めている。当時の私は、今思うとたった一人で本当によくやっていました。

でも、客観的に見てどうかと言う事よりも、どうしても主観的な評価で自分を評価してしまいます。例えば一日に15分でもテレビを見せてしまう私は本当にダメな親だと毎日思っていましたし、お昼ご飯を作るのが面倒で、お弁当を買って済ませた日には、もうそのことを1週間ほどは引きずってしまっていました。

夫が、食事なんてそんなに気にしなくても大丈夫だよと、どんなに言ってくれていても、どうしても気にしてしまう私。大変な私のことを思って言ってくれている夫に対し、どうして食事の大切さを理解してくれないんだ!と逆に怒りさえ感じたこともありました。

自分のできていることに目を向け、自分を評価をすることはとても大変です。人が手抜きをしても大丈夫だよと良いアドバイスをくれても、自分が許せなければそれは受け入れられません。手抜きと一言で言っても、例えば食事だと、一汁三菜のうちの一品を冷凍食品に置き換えるのか、納豆ご飯1品なのか、コンビニで買って済ませるのか、人によって手抜きで許せる範囲が全く違い、負担も違ってきます。

いつもは出来ていると自己評価ができていれば、そのうちのたった一回の食事なんておにぎりで十分だと思え、手抜きも気軽にできるのだと思うのですが、当時の私は自己評価が低く、そんな手抜きさえもなかなか出来ずに、結果として自分で自分を苦しめていました。そして、大変で辛い子育ての中で、子どもを叩いてしまい日々後悔という悪循環でした。

当時は分からなかったのですが、時間が経って気が付いたことがあります。「自分を褒めることの大切さ」です。子育てにおいて、手抜きと言うとどうしても子どもに申し訳ないと思っていしまう私がいて、手抜きをした後はいつも後悔していました。その後悔が嫌でなかなか手抜きも出来なかったのですが、私は圧倒的に自分を褒めることが足りなかったのだと思うのです。

出来ていることにもっと目を向け、頑張っている自分を冷静に見て褒める。その作業にもう少し力を注げば、後悔せず、これくらい大丈夫と思えたのではと今になって思います。手抜きは母親である私への息抜きであり、母親が笑顔になれるなら結果的には子どもの為なのです。子育てが辛い、大変と思う気持ちは人それぞれです。何が大変と感じるかも人によって違います。大変と感じるそのお世話そのものを見直すことも大切だとは思うのですが、どうして大変と感じるのか、自分の気持ちを考える方が、楽しい子育てをするのにより近道だと思います。

私の場合は、どうして叩いてしまうのかを悩んでいて、ずっと叩かないように冷静にならなくてはとその方法論ばかり探していました。イライラしたら子どもと違う部屋に行き一人になるとか、冷静に6秒数えるとか、対処法ばかりで、根本的な解決にはなりませんでした。それよりもなぜこんなにイライラしてしまうのか、叩いてしまう自分と向き合うことが大切でした。向き合った結果、私の感情の動き方や考え方の傾向が見えてきて、自分で自分を褒めることもできるようになってきました。

子どもは成長する

これまで子育てが大変で悩み、後悔ばかりしてきたのですが、子どもはいつまでも赤ちゃんではありません。その時の数か月間の子育てが思うようにうまくいかなくても、子どもは日々成長してくれます。

私もほんの数年前の後悔の日々が嘘のように、自然と長男のことがとっても可愛いと思えるようになりました。まだまだ色々なことをやらかしてくれ大変は大変なのですが、子どもらしく育っています。次男とけんかもしますが、一緒に遊ぶことも増え、私を助けてくれることがたくさんあります。

何かの本で、「親の子どもへの対応がまずかったとしても、成長していく中で子ども自身も修正していく力がある」と読んだことがあります。当時はそのことが理解できなかったのですが、今は実感を持ってわかる気がします。親子関係は一瞬一瞬の積み重ねで日々成り立っていて、どこかに対応のまずさがあっても、総合的に見れば修正が可能なのだと思います。さらに子どもは柔軟なので、少しの親の間違えなら許してくれるのかもしれません。

私の場合は、私の叩いてしまうという後悔の日々を吹き飛ばすように、長男がすくすく育ってくれていることに感謝しています。私の育て方で子どもの将来までが決まってしまうと思っていたのが恥ずかしくなるほど、子どもは親の育て方だけではなく、親以外の周りの人との社会の中で育っていくのだと実感しています。

母親だけが必要だった時期はほんの一瞬で過ぎ去り、成長とともにたくさんの人との関りが、子どもにとって大事な環境なのだと思います。そういった意味では、母親の私だけが子育てに意気込み悩んでいたことさえ、図々しく思えます。

まとめ

子育てが大変で悩み、日々後悔しているお母さん。そんなお母さんは以前の私と同じように、真剣に子育てに向き合っているからこそだと思います。悩まなくても大丈夫と人に言われても、そう簡単には割り切れませんよね。うまくいかないことがあっても、その原因を考えることは自分自身の成長にもつながると思います。そして子どもは確実に成長し、母親だけでなく、周囲の人たちの力が子どもの成長の助けになってくれるという事を頭の片隅に置いておくと、私のように一人で気負わなくても良い気がします。

子育ては大変なのにどんなに頑張っても人に褒めてもらえません。だからこそ、「頑張って母親をしている自分」を自分で褒めてあげてください。皆さんの子育てが少しでも楽な子育てになりますように。

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